『我が人生の時の時』が大変面白かったので此の本を読んでみた。
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この本(文藝春秋社)は石原慎太郎と直接交際があった人々の『実像』のお話集。勿論、人物論というものは、所詮、書きて側の主観であって、そもそも純客観的な実像観などはあり得ない。実際のところ、本人すら本人を知らないのが人間というものだから。
一番面白かったのは『三島由紀夫という存在』。言うまでもなく、あの割腹自殺した男の『実像』の話。私は三島由紀夫と同時代でもあったが、遠くから見ていたに過ぎず、ハッキリ言って随分キザったらしい男に見えた。換言すれば時代錯誤の無残なピエロに見えたものだった。
そのキザったらしさは必ずしも私だけの偏見ではないようで、この本でも、そのギザさ加減は辛らつに披露されている。私は週刊誌というものが嫌いで買ったことはない。しかし週刊誌の好きな人は、たぶん、この本で紹介されている話は涎垂ものだろう。
但し、この話の最後の箇所は成程なと思った。三島由紀夫が例の割腹自殺する直前に、実はその様子が遠くからカメラで隠し撮りされていたらしい。その数枚の写真は、ある警察高官に秘蔵されていて石原慎太郎はそれを見せたもらったそうだ。以下、その箇所の引用である。
『私はそれまでに何か三島さんと一緒の写真を撮ったことがあるが、その都度カメラを意識した気負いに辟易したものだ。多分今でも三島邸の神式の祭壇に飾られてあるだろうかの有名な写真も、三島氏がいかにも気に入っていたものだろうが、挑むような気負いにみちみちていた。
それに比べて、あの秘められた最後の写真は、死の寸前故にかねがね、まといついていた自意識が払拭されていかなる表情も殺ぎ落として、何の無理も感じさせず、氏がかねがね願っていたとおり氏は初めて雄雄しく、美しくもある。』
時代錯誤の自意識過剰のピエロが他人には決して見せなかった素顔が、その最後の壮烈な土壇場で遠くから隠し撮りされていたのだ。その素顔が美しかった、というのは私は何か分かるような気がする。