2015年6月19日金曜日

『硝子戸の中』(夏目漱石)

『硝子戸の中』を初めて読んだのいつ頃だったろうか。
学生時代ではなかったように思う。

ということは会社勤めの合い間に読んだということになるが、私は会社の休暇ときには仕事関連の知識吸収をするのが精一杯だった。

だから、休暇の僅かの時間に気分転換として、この『硝子戸の中』を読んだのだと思う。

これは小説ではなく39章からなるエッセーである。文庫本で一章が長くて数頁程度だから、辛い仕事の知識吸収の合い間の気分転換に読むには適宜なエッセーだった。

このエッセーを初めて読んだときには特に惹かれたわけではなかったが、何度か読み返すうちに、だんだん惹かれていった。

 私は同じものを繰り返して読む癖がある。

その癖により私はこのエッセーは今まで少なくとも10回は読んでいる。そんなに読んでいる理由の一つには、私の大好きな章がこのエッセーの中にあるからだ。それは3章だ。

 漱石という人は犬や猫や鳥が好きだったらしい。
というより、人間が嫌いで、その反映として犬や猫や鳥に親しみを感ずるようなタイプの人のようで、私は、そういう人が実は好きなのだ。

私はそういうタイプの人に惹かれる。犬や猫や鳥が嫌いという人間は、私は、それだけで、その人間を好きになれない。嫌いである。顔を見るのも嫌である。

この3章は、漱石が知人から貰った小犬 (たぶん捨て犬の類の何の変哲の無い言わば駄犬 )の思い出を語っている。

漱石宅に貰われてきた子犬は病死するのだが、この経緯を淡々と語る漱石の文章は感傷とは全く無縁であり、それだけに行間から漱石という人の温かみが滲み出ている。

私はこの章の漱石という人を敬愛する。

 以下は私の最も好きな文章であるので引用しよう。漱石はこの子犬の名をヘクトーと名づけたいた。
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車夫は筵の中にヘクトーの死骸を包んで帰って来た。私はわざとそれに近付かなかった。白木の小さい墓標を買って来さして、それへ「秋風の聞こえぬ土に埋めてやりぬ」という一句を書いた。私はそれを家のものに渡して、ヘクトーの眠ってゐる土の上に建てさせた。

彼の墓は猫の墓から東北に當って、ほゞ一間ばかり離れてゐるが、私の書斎の、寒い日の照ない北側の縁に出て、硝子戸のうちから、霜に荒らされた裏庭を覗くと、二つとも能く見える。もう薄黒く朽ち掛けた猫のに比べると、ヘクトーのはまだ生々しく光ってゐる。

然し間もなく二つとも同じ色に古びて、同じく人の眼に付かなくなるだらう。    
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ここには孤独な漱石の姿がある。硝子戸のうちから、庭の片隅に埋められた犬や猫の墓を黙って見つめている漱石。 

そういう漱石という人の姿を、私は遠くから敬愛をこめて眺めている。 そういうことを私はいつも空想する。その空想は私を平穏にする。

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『硝子戸のうち』の全章に通低しているのものは、漱石の諦観だと私は思う。

このしみじみとした静かな諦観に惹かれて私は、いつのまにか、何度も読み返している。私の憧れとしての漱石の静かな諦観。 

このエッセーの最後の39章の最後の一節も私は好きだ。
それも引用しておこう。
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まだ鶯が庭で時々鳴く。春風が折々思ひ出したやうに九花蘭の葉を揺かしにくる。猫が何処かで痛く噛まれた米噛を日に曝して、あたゝかさうに眠つてゐる。

先刻迄で護謨風船(ごむふうせん)を揚げて騒いでゐた子供達は、みんな連れ立つて活動写真へ行つてしまつた。

家も心もひっそりとしたうちに、私は硝子戸を開け放つて、静かな春の光に包まれながら、恍惚(うっとり)と此の稿を終わるのである。さうした後で、私は一寸肱を曲げて、此の縁側に一眠り眠る積りである。
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夏目漱石に『文鳥』という短いエッセーがある。
この佳品も『硝子戸の中』の一篇と私はみたい。
家人の不注意により死んだ小鳥を見つめる漱石の視線は、庭の片隅に埋められた犬や猫たちへの視線と同じように私には思えるからだ。

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ps. 私は最近『明暗』を再読している。