2015年3月19日木曜日

『ノモンハンの夏』(半藤一利著、文言春秋社)

本書はノモンハン事件についての詳細なドキュメンタリーである。
私は昭和史についての知識は皆無だが、司馬遼太郎が以下のような趣旨のことを言っていたらしいので此の事件については、以前より興味だけはもっていた。
すなわち、『ノモンハン事件について書くことは司馬遼太郎にとって死ね、ということだ』と。要するに、司馬遼太郎にとって、この事件に登場する人物たちと当時の時代の(軍人を含め)指導者たちに全く魅力を見いだせず、書く気力を喪失させる、ということのようだった。
(この日記の最後に、NHKアーカイブスでの『司馬遼太郎とノモンハン事件』と題された半藤一利による証言をリンクしておくので参考されたし。)
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この本の著者:半藤一利は此の本で、当時の指導者(政治家、軍人)は無論のこと、報道関係者及び一般大衆をも手厳しく批判している。
本書は細かい活字で350頁もある詳細な記録であるので、私は読んでいて頭が痛くなるほどであり、また軍隊組織の知識も無い故もあって、正直なところノモンハ事件の軍事的な詳細は理解できたとは、とても言えない。
ただ、当時の軍人、特に陸軍の主要人物たちの『いいかげんさ』には全く驚いてしまった。本書でも、いたるところで、その点を痛烈に批判している。
本書の「あとがき」で著者は以下のように書いている。
『それにしても、日本陸軍の事件への対応は愚劣かつ無責任というほかない。手前本位で、いい調子になっている組織がいかに壊滅していくかという、よき教本がある。』
その具体例が、此の本で、綿密に一つ一つ詳細に検証されている。そして著者は辻正信という人物を「絶対悪の人間」だと断定もしている。
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先の戦争での日本帝国軍隊、特に陸軍の腐敗ぶりは、歴史音痴の私にも耳にしていたのであるが、まさか、それほどまで『いいかげん』だとは思っていなかった。
この本を読んでいて意外に思ったのは(私の歴史音痴によるものではあるのだが)、事件の要所、要所での昭和天皇の判断の適正さであった。
統帥権の独立といっても、このノモンハン事件当時においても、表向きは統帥権が守られていたようだが(即ち、軍隊での天皇の判断が最優先される)、現実には無視されていた。このことにも私は驚いた。
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なにかと批判される『統帥権』だが、もし天皇の判断が帝国陸軍に実質的に貫徹されていたならば、ノモンハン事件も、その後の太平洋戦争も、あるいは現実とは違っていた可能性が高いと思われる。たぶん、より良き方向に。
統帥権をも結果的に無視した帝国陸軍の「下剋上」に天皇は以下のように批判したという。
『畢竟、陸軍の教育があまりに主観にして、客観的に物を見ず、元来幼年学校の教育がすこぶる偏しある結果にして、これドイツ流の教育の結果にして、手段を選ばず独断専行をはき違えたる教育に結果にほかならず、・・・』
この批判を著者は正しいと書いている。現実は天皇の批判でさえも帝国陸軍は聞かなかった。時代の流れというものに流石の天皇も逆らえなかった。結局、結果として天皇は日本帝国陸海軍に都合よく利用された、ということだろうか。
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NHKアーカイブスで、『司馬遼太郎とノモンハン事件』と題された半藤一利の証言が放送された。参考になるだろう。