2015年3月3日火曜日

『あかね空』(山本一力著、文春文庫)

私は山本一力という人のトーク番組をラジオで聞いたことがある。その語り口は、まるで子供に噛んで含めるような朴訥さがあって、いかにも此の人の人柄を思わせる語り口であった。私は其の朴訥さに良い印象を受けたものだった。

そのトーク番組での話だったかどうか忘れたか、此の人は日常の用を足すとき自転車で行くそうであった。その自転車での用足しは、あるいは此の人の奥さんだったかも知れない。

その自転車での用足しの話は恐らく此の人が未だ『売れない』頃の貧乏時代のことであろう。都会に住んでいれば車よりも自転車のほうが便利ではあるが、しかし其の自転車での用足しの話は、いかにも此の人らしいと私は思ったものだ。 

作家として立派に一人立ちした現在も、たぶん、此の人は自転車で用足しているのではないかと私は想像する。

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『あかね』色は私の好きな色だ。柿の色も私の好みだ。

私の故郷は遠州の金谷(かなや)という田舎だが、近くに茶所で有名な牧の原が在る。私は故郷を離れて既に半世紀以上経つが、此の田舎町の『茶祭り』で唄われた唄の歌詞の一部を今でも懐かしく覚えている。その一部に以下の歌詞があった。

♪あかね襷(たすき)の、あかね襷の、茶もそろた・・・

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私は『あかね空』という小説の存在は以前から知っていた。この小説の著者が山本一力だということも知っていた。先に書いたように『あかね』色の好きな私は故郷への郷愁を此の小説に重ねていた。前から読んでみようと思っていた。

ということで、最近、図書館から文春文庫のものを借りて読んだ。約400頁もある長編小説だが、元来、私は長編ものは苦手だったが、数日かかって完読した。私としては稀有なことだった。

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予想していたことだが、この小説での登場人物たちは、山本周五郎の世界の人々に酷似していた。特に女性たちは『日本婦道記』での女性たちと少しも変わらない。

私は、これらの人々に逢いたくて此の『あかね空』を読んだと言っても過言ではない。

こう書くと『あかね空』の作者は不愉快に思うかも知れない。しかし其れは私の杞憂だろう。恐らく此の『あかね空』の作者は、あの孤高の作家・山本周五郎の世界を『あかね空』に見た私を喜んでくれると私は勝手に思っている。

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ただ、やはり此の『あかね空』は、私の知っている限りにおいての山本周五郎の世界とは趣(おもむき)が異なる個所は当然ある。その最たる個所は此の小説の最後のほうの傳蔵が登場する場面だ。

この一連の場面は、まるで江戸歌舞伎の荒芸を見ている小気味良さがある。この一連の場面だけでも例えば成田屋の連中が歌舞伎化したならば、さぞ面白い舞台になるのではないだろうか。