2015年5月4日月曜日

『季節のかたみ』 (幸田文)


最近、幸田文のエッセーを図書館から借りて読んでいる。掲題の本も其の一つ。

私は、いわゆる読書家ではないから、今まで読んできた文芸関連の本の著者の数は十を満たさない。従って以下に書くことは私の単なる主観に過ぎない。

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幸田文の文章を読んでいて私が感ずることは、昔、高校で習った初等解析幾何の定理の証明文を連想させる。勿論、其の文章は定理の証明そのものであるはずがなく、書かれている内容は、我々庶民の生活一般に関する事柄が全てだと言ってよい。

その生活一般に関する事柄の文章には、必要にして、かつ充分の語彙しか使用されておらず、冗長さや無駄が全くない。その点が、文章の構造として解説幾何学の証明文に酷似していると私は思う。

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また、初等解析幾何の定理の証明文には、文章としての虚飾は当然、無用というより排除されているが、その点も幸田文の文章にも似ている。

つまり幸田文という人の文章を、一言をもって言えば『乾いている』とも言える。

しかし、だからと言って、此の人の文章が無味乾燥というのではない。徒らに私情に走らない湿度の低さがあるのだ。

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此の人のエッセーの主題は、上にも書いたように『我々庶民の生活一般に関する事柄』だが、それを叙するとき、此の人は決して形而上の書き方はしない。

形而下というより、此の人の実体験・・・それは父:幸田露伴仕込みのものでもあるが・・・に裏打ちされた土台が必ずある。

であるから、書かれている人生の機微にも説得力がある。

そして其の機微に触れるのは、まるで洗い晒した木綿生地に触るように気持ちが良い。

其れが此の人の文章の魅力だ。