限りある国家予算(つまり私たちが支払う税金)と、医学の進歩に伴って限りなき増加を続ける医療費。その折り合いをどうするか。これは今後ますます私たちにとって避けては通られない難問です。
この里見清一という臨床医の特別寄稿記事での「処方箋」は、(読んでもらえるのが一番いいのですが)、現実の臨床現場で働いている医師の率直な提案です。
此の世を去る最も良い方法は、他人の迷惑をかけずに、また自身のQOLを下げることなくポックリとオサラバすることです。
しかし、そんなに上手くはいかないのが現実。
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里見医師はこの投稿記事を以下のように締めくくっています。
『突き詰めると、我々は、「人間はいつまで生きる(生かされる)権利があるのか、「人間は、はいつまで生きる(生かされる)義務があるのか」という問題に直面しているのである。そしてこの難問を我々に突きつけたのは、人類の進歩による「医学の勝利」に他ならない。だから、我々に逃げ道はない。覚悟を決めるときである。』
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私は里見医師の言うとおりだと思います。
我々は、いわば、深沢一郎の『楢山節考』の主人公の「おりん婆さん」の立場にいるのです。このお婆さんの村では70歳になったら山に捨てられる掟がある。誰が悪いのでもない。この村には、そのような、お婆さんを養うほどの余裕はないからです。
このお婆さんは70歳を前にしても歯も一本も欠けておらず、自らそれを恥じて、わざわざ折る。そして孝行息子に背負されて死の旅路へと出向くのです。村の掟を守るために・・・