或る人が言うには鴎外は女性アァンが意外と多いそうだ。
尤も今や年配者だろうが。
『安井夫人』の、佐代
『山椒太夫』の、安寿
『最後の一句』の、いち
『御持院河原の敵討』の、りよ
『澁江抽斎』の、五百
これらの女性たちには共通点がある。
そのなかで私が際立って好きなのは『安井夫人』の、「お佐代さん」。
鴎外は以下のように書いている。
『お佐代さんは必ずや未来に何物かを望んでいただろう。そして瞑目するまで、美しい目の視線は遠い、遠い所に注がれていて、あるいは自分の死を不幸だと感ずる余裕をも有せなかったのではあるまいか。その望みの対象をば、あるいは何物ともしか弁識していなかったのではあるまいか。』
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鴎外の後期の作品の魅力の一つは、このような「人知を超えた、なにものか存在」が通底しているように私には見受けられる点にある。ある種の運命論者に見える。
例えば、『御持院河原の敵討』において、「神仏のご加護」をも必ずしも否定していないように見受けられる。
また『雁』の「お玉」と岡田も、ある運命の糸に、あやつられている。
そこが漱石とは決定的な違いだと私には思われる。
それにしても、お佐代さんの視線は何処へ向けられていたのだろうか? 今生の世俗でないことは確かである。
2016年4月1日金曜日
2016年2月9日火曜日
『檸檬』(梶井基次郎)
久しぶりに再読。
***
----あるいは不審なことが、逆説的な本当であった。それにしても心という奴は何という不思議な奴だろう。
***
ホントニ ソウダナ。
オレも昨夜は一睡もできなかった。
夜だからといって眠らなくたっていいのに、夜になると、オレの詰まらぬ『心』が冴え冴えとオレの神経を尖らせるのだ。
***
夜熟睡しない人間は多かれ少なかれ罪を犯している。
彼らは何をするのか。夜を現存させているのだ。
***
----あるいは不審なことが、逆説的な本当であった。それにしても心という奴は何という不思議な奴だろう。
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ホントニ ソウダナ。
オレも昨夜は一睡もできなかった。
夜だからといって眠らなくたっていいのに、夜になると、オレの詰まらぬ『心』が冴え冴えとオレの神経を尖らせるのだ。
***
夜熟睡しない人間は多かれ少なかれ罪を犯している。
彼らは何をするのか。夜を現存させているのだ。
(モリス・ブランジュ)
2016年1月14日木曜日
『医学の勝利が国家を滅ぼす』(補足)
限りある国家予算(つまり私たちが支払う税金)と、医学の進歩に伴って限りなき増加を続ける医療費。その折り合いをどうするか。これは今後ますます私たちにとって避けては通られない難問です。
この里見清一という臨床医の特別寄稿記事での「処方箋」は、(読んでもらえるのが一番いいのですが)、現実の臨床現場で働いている医師の率直な提案です。
此の世を去る最も良い方法は、他人の迷惑をかけずに、また自身のQOLを下げることなくポックリとオサラバすることです。
しかし、そんなに上手くはいかないのが現実。
***
里見医師はこの投稿記事を以下のように締めくくっています。
『突き詰めると、我々は、「人間はいつまで生きる(生かされる)権利があるのか、「人間は、はいつまで生きる(生かされる)義務があるのか」という問題に直面しているのである。そしてこの難問を我々に突きつけたのは、人類の進歩による「医学の勝利」に他ならない。だから、我々に逃げ道はない。覚悟を決めるときである。』
***
私は里見医師の言うとおりだと思います。
我々は、いわば、深沢一郎の『楢山節考』の主人公の「おりん婆さん」の立場にいるのです。このお婆さんの村では70歳になったら山に捨てられる掟がある。誰が悪いのでもない。この村には、そのような、お婆さんを養うほどの余裕はないからです。
このお婆さんは70歳を前にしても歯も一本も欠けておらず、自らそれを恥じて、わざわざ折る。そして孝行息子に背負されて死の旅路へと出向くのです。村の掟を守るために・・・
2016年1月12日火曜日
『医学の勝利が国家を滅ぼす』
新薬の公的コストが国家財政の大きな負担となり、そのまま放置すれば国家財政破綻となり日本国は沈没に帰す、という話は世事に疎い私の耳にも聞こえてくる。
この国家的な危機についての解説が、先日、図書館から借りた月刊誌『新潮45』(2015年11月号)に掲載されている。里見清一という臨床医の特別寄稿『医学の勝利が国家を滅ぼす』がそれだ。
***
この特別寄稿は、臨床医の立場から、私のようなド素人でもナルホドと理解できる言わば啓蒙の記事であり、警鐘の記事でもある。
確かに此の問題を放置すれば日本国沈没は必須であろうことは、此の記事に書かれた具体的事例を読めばよく分かる。
***
日本国の其の財政破綻を救う唯一の処方箋は、筆者によれば以下の結論となる。
即ち、以下を法制化する。
『75歳以上の全ての日本国民の患者の延命治療は禁止し、対症療法のみとする』
***
この法制化の理由と根拠を、此の記事(5頁)で丁寧に具体的に分かり易く説明していて私も大賛成である。
人生に病はつきものである。病者にとって如何に其のQOL(生活の質)を保つか、それは我々にとって極めて身近な問題である。
***
できたら、この記事を読まれることを勧める。
この国家的な危機についての解説が、先日、図書館から借りた月刊誌『新潮45』(2015年11月号)に掲載されている。里見清一という臨床医の特別寄稿『医学の勝利が国家を滅ぼす』がそれだ。
***
この特別寄稿は、臨床医の立場から、私のようなド素人でもナルホドと理解できる言わば啓蒙の記事であり、警鐘の記事でもある。
確かに此の問題を放置すれば日本国沈没は必須であろうことは、此の記事に書かれた具体的事例を読めばよく分かる。
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日本国の其の財政破綻を救う唯一の処方箋は、筆者によれば以下の結論となる。
即ち、以下を法制化する。
『75歳以上の全ての日本国民の患者の延命治療は禁止し、対症療法のみとする』
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この法制化の理由と根拠を、此の記事(5頁)で丁寧に具体的に分かり易く説明していて私も大賛成である。
人生に病はつきものである。病者にとって如何に其のQOL(生活の質)を保つか、それは我々にとって極めて身近な問題である。
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できたら、この記事を読まれることを勧める。
2015年11月25日水曜日
『続・悩む力』(姜尚中著)
私は阿呆である。Aという心配が済めば、Bという心配をしだし、それが済むと、Cという心配をしだし、それが済むとDという心配をしだし・・・、つまり私は心配を常に探している阿呆である。だから、毎日毎日が不安の日々の連続であり平穏なときがない。
***
そんな阿呆な私にとって、掲題の本は心に沁みた。痛いほど理解できた。本というものの有難さを、あらためて身に沁みた。
もちろん此の本に書かれている事柄は、私如き阿呆のレヴェルを超えているが、現代を生きる人間の『不安と悩み』という点においては全く共通しており、私に多くの示唆を与えてくれた。
***
自我というものが引き裂かれ、なんの拠り所もなくなりつつある私たち現代人の『不安と悩み』。
なぜ、そうなったのか。この本はソコを丁寧に解説してくれている。
その解説は決して他人事ではなく、我が身の今日ただいまの切実な問題として、繰り返すが痛いほど私は理解できた。
***
この本は、余生というものが残り少なくなった私にとって、あるいは最後の貴重な本となるだろう。
***
そんな阿呆な私にとって、掲題の本は心に沁みた。痛いほど理解できた。本というものの有難さを、あらためて身に沁みた。
もちろん此の本に書かれている事柄は、私如き阿呆のレヴェルを超えているが、現代を生きる人間の『不安と悩み』という点においては全く共通しており、私に多くの示唆を与えてくれた。
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自我というものが引き裂かれ、なんの拠り所もなくなりつつある私たち現代人の『不安と悩み』。
なぜ、そうなったのか。この本はソコを丁寧に解説してくれている。
その解説は決して他人事ではなく、我が身の今日ただいまの切実な問題として、繰り返すが痛いほど私は理解できた。
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この本は、余生というものが残り少なくなった私にとって、あるいは最後の貴重な本となるだろう。
2015年9月21日月曜日
『里見八犬伝』
だいぶ前の話だが。或る人が紹介してくれた長編海外小説を読んでみた。しかし内容云々以前に、登場人物のカタカナ名が私は覚えられず十頁足らずで挫折した。
我が青春時、『罪と罰』だったか其の和訳・・・当然だが・・・もカタカナが多すぎて嫌気がさし、これも始めの五頁で放り投げたものだった。
***
そこで、というわけでもないが、我が図書館の在庫本をPCで検索していたら、『里見八犬伝』に目が止まった。
里見八犬伝は、子供の頃、東映のチャンバラ映画で私はお馴染みであり、このテの映画は、私は、ほとんど全てみていた。
出演者はほぼ決まっていた。
東千代之介、中村錦之助、大友柳太郎、千原しのぶ、田代百合子、高千穂ひずる・・・。
今や懐かしき面々である。私の鼻たれ小僧時代の憧れの人々でもあった。
同じ東映映画の『新諸国物語』同様に『里見八犬伝』シリーズは、古稀を過ぎた今でも私の心底には郷愁が甘く残っている。
***
というわけで、当該の本『里見八犬伝』を図書館にリクエストしたものだった。
さて、届いた本を見ると・・・
現代語訳で漢字は総ルビ付き。挿絵入り。『小学生上級~中学生向き』と書いてあった。(古典文学全集23、ホプラ社)。
なるほど、これなら読み易い。
私は小学生上級の頃は光文社の『少年』の熱読者だった。 私は此の『里見八犬伝』を流し見つつ、『少年』を想い出していた。 私の郷愁は大いに満足させられた。
『里見八犬伝』の懐かしき人達にも再会した。
書いてみようか。
犬塚信乃、犬飼現八、犬田小文吾、犬山道節、犬阪毛野、犬村大角、犬川宗助、犬江新兵衛
***
芥川龍之介に『戯作三昧』という短篇がある。
或る日の馬琴滝沢佐吉の日常を描いた佳品であり、私の好きな小説の一つである。
我が青春時、『罪と罰』だったか其の和訳・・・当然だが・・・もカタカナが多すぎて嫌気がさし、これも始めの五頁で放り投げたものだった。
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そこで、というわけでもないが、我が図書館の在庫本をPCで検索していたら、『里見八犬伝』に目が止まった。
里見八犬伝は、子供の頃、東映のチャンバラ映画で私はお馴染みであり、このテの映画は、私は、ほとんど全てみていた。
出演者はほぼ決まっていた。
東千代之介、中村錦之助、大友柳太郎、千原しのぶ、田代百合子、高千穂ひずる・・・。
今や懐かしき面々である。私の鼻たれ小僧時代の憧れの人々でもあった。
同じ東映映画の『新諸国物語』同様に『里見八犬伝』シリーズは、古稀を過ぎた今でも私の心底には郷愁が甘く残っている。
***
というわけで、当該の本『里見八犬伝』を図書館にリクエストしたものだった。
さて、届いた本を見ると・・・
現代語訳で漢字は総ルビ付き。挿絵入り。『小学生上級~中学生向き』と書いてあった。(古典文学全集23、ホプラ社)。
なるほど、これなら読み易い。
私は小学生上級の頃は光文社の『少年』の熱読者だった。 私は此の『里見八犬伝』を流し見つつ、『少年』を想い出していた。 私の郷愁は大いに満足させられた。
『里見八犬伝』の懐かしき人達にも再会した。
書いてみようか。
犬塚信乃、犬飼現八、犬田小文吾、犬山道節、犬阪毛野、犬村大角、犬川宗助、犬江新兵衛
***
芥川龍之介に『戯作三昧』という短篇がある。
或る日の馬琴滝沢佐吉の日常を描いた佳品であり、私の好きな小説の一つである。
2015年8月22日土曜日
小池真理子の短篇
小池真理子の小説が好きな方はスルーされたし。
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ネットで何気なく見ていたら此の人は『幻想怪奇小説』を書くらしい。
私は其のテのものが好きだから、図書館で何冊か借りて読んだ。
『ソナチネ』『千日のマリア』『怪談』。いずれも幾つかの短篇から構成されている。 読んでみて正直詰まらなかった。 ここでは面白いモノを書くのが目的だが、こうも詰まらないものを読まされると、逆に感想を書きたくなる。
といっても、詰まらない小説なんてものは始めの数頁を読めば、大体、話の筋は見え見えになるから、数頁以降は流し読みになる。
ただ、一篇だけ面白い短篇があった。それは『怪談』の中の『カーディガン』。
このテの小説はネタバレは映画同様に禁物だから話の内容は此処では書かない。
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小池女史の作品には何か面白いものがあるかも知れない、ということで
『墓地を見下ろす墓』という小説が図書館にあったから読んでみるつもり。
さて最後まで読み通すかとうか・・・
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ネットで何気なく見ていたら此の人は『幻想怪奇小説』を書くらしい。
私は其のテのものが好きだから、図書館で何冊か借りて読んだ。
『ソナチネ』『千日のマリア』『怪談』。いずれも幾つかの短篇から構成されている。 読んでみて正直詰まらなかった。 ここでは面白いモノを書くのが目的だが、こうも詰まらないものを読まされると、逆に感想を書きたくなる。
といっても、詰まらない小説なんてものは始めの数頁を読めば、大体、話の筋は見え見えになるから、数頁以降は流し読みになる。
ただ、一篇だけ面白い短篇があった。それは『怪談』の中の『カーディガン』。
このテの小説はネタバレは映画同様に禁物だから話の内容は此処では書かない。
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小池女史の作品には何か面白いものがあるかも知れない、ということで
『墓地を見下ろす墓』という小説が図書館にあったから読んでみるつもり。
さて最後まで読み通すかとうか・・・
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