2015年5月22日金曜日

『鬼の研究』(馬場あき子)

・特に能の般若の面について。

私は古文の知識が皆無といってよいから、馬場あき子の『鬼の研究』を理解できたとは、とても言えないが、ある程度は理解できた。先ず文章だが、読んでいて痛感するのは、その文章の陰翳の濃さだ。それは著者が歌人だからだろう。この本の最大の魅力は(僭越ながら)その文章そのものにある。勿論、本の内容は別格としてだが。
***
それはともかくとして、あの般若の面は、どうして般若と呼ばれるのか、私は昔より分からなかった。

般若の面は、女性が人間であることを放棄した果ての、『業(ごう)のような愛の無残を知ったものの慟哭ゆえに裂けた口元を持った』と著書は書いている。
***
更に著者は言う。『ところで<般若>とは<知恵>という意味である。「般若心経」はその<知恵>の究極として、「一切是空」の真理を説いたもので (中略) いっさいはすべて空なのであって、それを悟るときは、あらゆる魂の苦患(くげん)をまぬかれると教えるのである。』
***
従って般若の面をつけるということは、人間であることを放棄し果てた女の、その最後の最後の破滅の瞬間の崖っ淵で、その女の魂は救われる、ということを意味する。 なんと深い意味があることか!! と私は思った。 般若の面をかぶる意味が私はよく理解てきた。
***
著者は小面の面の<ほほえみ>についても含蓄ある解釈をしている。少し長いが引用しよう。

-----------------------------------------------
『<かくすことはあらわすことである>とする日本的な美意識が衰えないかぎり、いやそれが薄れゆく時代であればなおさら、小面は美しい羞恥の心の存在を思いこさせるべく、新しい効果を生んでいるといえる。

小面のもつこのような怖ろしいまでの演技性、<ほほえむ>という演技性は、ことに女性の不幸な時代において多大に発揮された。 (中略) 

<般若>の面を云々するにあたって、なぜか<小面>から論じなければならない羽目にいたってしまうのは、(中略) きわめて演技的な小面の<ほほえみ>の内側には、時に般若が目覚めつつあるのではないかという舞台的幻想に取るつかれるからである。

つまり小面と般若によって表現される中世の魂はけっして別種のものとみることができないということだろうか。 (中略) すべての小面のかげにはひとつずつ般若が眠っている。般若と小面に宿るほのかな微笑のかげは、修羅を秘めた心の澄徹のゆえでなくてはならない。』
---------------------------------------------
***
小面と般若は決して別物ではないという著者の人間の心の洞察は説得力があり、これも私には『目からウロコ』であった。

ところで、小面が、ふと見せる妖しい微笑は、私はレオナルド・ダヴィンチの『モナリザ』の微笑を連想する。

美しいというより不気味な微笑だからだ。

やはり<妖しい>という表現だ妥当だろう。

もしかして『モナリザ』にも<般若>が奥に隠れているのかも知れない。
--------------------------------------------
追記:この本の五章に白練(しろねり)般若について書かれている。「白練」とは、成仏得脱する女人の浄衣にたとえられる扮装をいったものだそうだ。能『葵上』では、生霊:六条御息所が此の白練般若の面をかぶる。You Tube に能『葵上』がup-loadされていて、白練(しろねり)般若がどんな面なのかが分かる。このup-loadされた『葵上』(H13/5/20に宝生能楽堂で収録)には字幕がついており、分かりやすい。参考になるだろう。

2015年5月18日月曜日

『山の人生』 (柳田国男)


掲題の本の第一章に『山に埋もれたる人生のあること』と題された民俗学的記録がある。

その第一章に『山に埋もれたる人生のあること』と題された比較的短い文章がある。

以下のように書き始められている。

『今では記憶している者が、私のほかにはあるまい。三十年あまり前、世間がひどく不景気であった年に、西美濃の山の中で炭を焼く五十ばかりの男が、子供を二人まで、鉞(まさかり)で斬り殺すことがあった。』

この後、私の本で一頁も満たない文章で終わっているから興味あるかたは読んでもらいたいが、私が此の話で常に不思議に思うことがある。

それは斬り殺される子供が自ら斬り殺されることを嘆願していることだ。

***

その日、男(子供の親)が昼寝から覚めると・・・

『二人の子供が、しきりに何かしているので、傍へ行ってみたら一生懸命に仕事に使う斧(おの)を磨いでいた。阿爺(おとう)これでわしたちを殺してくれといったそうである。そうして入口の材木を枕にして、二人ながら仰向けに寝たそうである。』

そこで男は其の二人の首を打ち落としてしまった。

という話である。何故、この二人の子供が殺されることを嘆願したかの説明は一切ない。
それが私には不思議なのだ。

***

『今では記憶している者が、私のほかにはあるまい。』と冒頭、柳田国男は書いているから、この記録は、あまり世間には知られていない事実ないし伝承らしい。

その気になれば、なんでも理由はつけられようが、当の柳田国男が其れについて何も語ろうとはしていない。

だから、余計、私には不思議に思えるし、また『山の人生』というものの真実が、私には見えてくるような気がする。

2015年5月4日月曜日

『季節のかたみ』 (幸田文)


最近、幸田文のエッセーを図書館から借りて読んでいる。掲題の本も其の一つ。

私は、いわゆる読書家ではないから、今まで読んできた文芸関連の本の著者の数は十を満たさない。従って以下に書くことは私の単なる主観に過ぎない。

***

幸田文の文章を読んでいて私が感ずることは、昔、高校で習った初等解析幾何の定理の証明文を連想させる。勿論、其の文章は定理の証明そのものであるはずがなく、書かれている内容は、我々庶民の生活一般に関する事柄が全てだと言ってよい。

その生活一般に関する事柄の文章には、必要にして、かつ充分の語彙しか使用されておらず、冗長さや無駄が全くない。その点が、文章の構造として解説幾何学の証明文に酷似していると私は思う。

***

また、初等解析幾何の定理の証明文には、文章としての虚飾は当然、無用というより排除されているが、その点も幸田文の文章にも似ている。

つまり幸田文という人の文章を、一言をもって言えば『乾いている』とも言える。

しかし、だからと言って、此の人の文章が無味乾燥というのではない。徒らに私情に走らない湿度の低さがあるのだ。

***

此の人のエッセーの主題は、上にも書いたように『我々庶民の生活一般に関する事柄』だが、それを叙するとき、此の人は決して形而上の書き方はしない。

形而下というより、此の人の実体験・・・それは父:幸田露伴仕込みのものでもあるが・・・に裏打ちされた土台が必ずある。

であるから、書かれている人生の機微にも説得力がある。

そして其の機微に触れるのは、まるで洗い晒した木綿生地に触るように気持ちが良い。

其れが此の人の文章の魅力だ。

2015年4月20日月曜日

『流れる』 (幸田文)

掲題の本についての感想はネットで、いろいろと書かれているから先ずはソチラをご覧になれば、今更、この有名な本に私が蛇足を加える必要はない。

とは言うもののソレデ オシマイ とするのはナンだから、蛇足を以下に付け足しておく。

***

ともかく『乾いた』文章が切れ目なく続き、又、其れが、ここまでやるかと思わせるほど『省略』されているから、そういう意味では此の本は決して読みやすい小説ではない。

事実、この小説に登場する人物は10名程度であるのだが、その人間関係を掴むには、私みたいに記億力の貧弱な人間には苦労する。

***

人間という者は、何らかの『社会』の中で生きざるを得ない。
この本で印象的な文章がある。引用しよう。

-------------------
住むとか生きるとかいうきたなさをを伴った場所から出て、どこかよそのいい処、浄い処、極端に云えば台所と便所のない処へ行きたいのだが、そんな処は墓よりほかにあるだろうか。
-------------------

なるほど、今生の如何なる『社会』に居ようとも、其処には『台所と便所』が必ずあるものだ。

Aという『社会』からBという『社会』へ移ろうとも・・・即ち、『流れ』ようとも・・・其処には、食らうコトと排泄するコトが必ず付きまとうものだ。こればかりは生きているものの宿命である。

食らうコトと排泄するコトがきたないコトである・・・換言すれば其れが人間というものの業(ごう)であるならば、それから逃れるには死しかあるまいと筆者は云っているにように私には見える。 

実は私も同意見である。

2015年4月8日水曜日

『暮らしの哲学』(池田昌子著、毎日新聞社)

掲題の本の著者と同姓同名の女優さんがいるらしい。詩人:山本陽子もそうだった。掲題の本の著者は、ネットでしらべるとき、哲学と併記して検索すると出てくる。

大学では哲学科倫理学専攻したそうだ。生誕は1960年、死亡は2007年2月23日。肝臓癌だったそうだ。46歳の生涯だから、今日においては短命だったと言えるだろう。

***

多くの文章を残しているが、此の人の文章の特徴は、掲題の本では以下のように紹介している。

『専門用語による「哲学」ではなく、考えるとはどういうことかを、日常の言葉で語る「哲学エッセー」を確立し・・・』。

ここでは「確立」と断定しているが、この本を読めば分かるが、此の人のライフワークは其の確立にあったようで、その道半(なか)ば逝った。無念だっただろう。

尤も、この人にとっては、我々の普通の人における死生観は通用しないから、無念もヘチマも無いに違いない。

***

この本について、他の人は如何なる感想をもったかをネットで、ちょっと調べてみたら、こんな趣旨の感想を書いている人がいた。

『自分は哲学については、それなりの知識があるので、この本に書かれていることはアタリマエなことで退屈であった』と。

私は此の感想をみて苦笑した。必ず、こういう手合いはいるものだ。退屈なら読まなければよいことだし、要するに此の手合いは掲題の本の趣旨が分かっていないという恥さらしを表明しているに過ぎない。

***

この本の始めのほうに数学の話が出てくる。無限と無に関しての話だ。

私が常々思ってることは、哲学者という人種はゲーデルの不完全定理を、どのように評価しているのだろうかということだ。

私自身は其の定理については全くの素人だが、その定理の意味していることは、それなりに分かっているつもりだ。

「考える」ということにおける此の定理の問題提起は、かなり深刻なはずだ。

日常言語で哲学を語る此の著者に訊いてみたい。

『貴女を此の定理を哲学では如何に問題視するのですか?』と。

私如き普通人にも納得できるように日常言語で答えてくれるだろうから。

2015年4月4日土曜日

『日本の名随筆 下町』(沢村貞子編)

沢村貞子に『わたしの下町』という著書があって、面白そうだから掲題の本を図書館から借りてみたら、それは沢村貞子が選んだ30名程の有名人の『下町』アンソロジーであった。
そのアンソロジーは全て東京の、いわゆる下町であって、その『思い出話』ばかりであった。『昔の下町はね・・・』と言った回顧趣味の話ばかりであった。
そもそも私は旧東海道・金谷(かなや)宿の産だから、縁(えん)も縁(ゆかり)もない東京の下町の回顧話など興味も関心もないものだから、この下町アンソロジーの一篇を除いて、全て斜め読みした。つまらないからである。
東京の下町の此のような回顧話には、その背後に或る種の臭みを私は感じた。いわゆる『江戸っ子振ることの臭み』である。
書いている当人には恐らく気づかないだろうが、東京・下町の此のような回顧趣味は、地方人・・・なんという時代遅れの語彙だろう・・・には、得てして或る嫌味と臭みを感じさせるものなのだ。だから、私は読んで面白くもないから斜め読み飛ばした。
ただ、このアンソロジーで1篇だけは例外的に面白かった。

それは永六輔の『肩身の狭い町』という随筆で、ここには単なる回顧趣味で終わっていない、現在の東京という『町』への鋭い批判・・・しかし決してシャチホコバラナイ・・・があった。この文章には野暮な甘ったれた回顧趣味は無かった。

2015年4月3日金曜日

『高峰秀子との仕事1』(斎藤明美著、新潮社)

実に面白かった。私としては珍しく一気に読んでしまった。

何が面白かったか? 其れは斎藤明美という人物から見た高峰秀子の『実像』が活写されているからだ。

斎藤明美は、高峰秀子夫妻の養女になった元記者(週刊文春)だが、其の記者という言わば写真機が高峰秀子という被写体を活写しているのだ。

その面白さの主体は高峰秀子というに稀有な人間自体にあるのは勿論だが、著者の闊達な文章にも依っている。

この本の中で紹介されている逸話での「傑作」は、『高峰秀子が乗り移る』と題された話で、高峰秀子という人間が如何に『変わった人』であったかが実に雄弁に読み手に伝わってくる。

『変わった人』とは? それを、もし、知りたいならば、是非一読を勧める(167頁)